2013年01月06日

祖母との別れ

正月明けて早々、大事な人が天国へと旅立ちました。
私の祖母と呼ばせてもらいますが、実際は血縁関係のない「育ての母」です。
祖母には実子が居なかった為か、世間では私を「孫」と紹介していましたが、気持ち的には「娘」と思い育ててくれたのだと思います。なので、私が成人するまではどこに行くにも一緒。実母よりも祖母と過ごした時間の方が長くて濃かったと思います。

私が踊りを習うきっかけを与えてくれたのも祖母でした。
祖母自身も踊りは大好きだったのでしょう。
長年、日舞をたしなんでいたからか、日頃は着物姿で過ごすことが多く、多趣味で社交的な祖母は『粋』な人でした。

そんな祖母も踊りを辞めてから急に身体が弱ってきたように思います。
施設にお世話になりはじめて2年近く。病院と施設とを行き来し、認知症も進行して寝たきり状態になっていましたが、時にはハッキリした口調で話すこともありました。祖母の大好きな真紅のバラを持っていくと目の輝きが違って見えたものでした。

「車椅子に乗せて、どうにかして私の10周年記念公演を観せてやれないか・・・」
相談もしたのですが、免疫力も落ちていたので医師の許可が下りず、完成したスタジオも見ないまま・・・

『危篤』の知らせを聞いたのは、4日夜、初レッスンの最中でした。
「きっと祖母なら待っていてくれる。レッスンが終わるまで待ってて!」
・・・その願いは残念ながら届きませんでした。
しかし、心残りはありません。実を言うとその前日、祖母と私の中でしかわからない意識の中で、お互いに別れを告げたのです。認知症になってから見ることがなかった祖母の両目から流れる涙・・・
それが祖母からの別れだったと悟りました。

そうして祖母は、静かに眠るように遥かなる地へと旅立っていきました。

「女の子は華やかに育て」
祖母は私に華やかな世界をたくさんおしえてくれました。
祖母の人生に彩りを添えたのは、やはり「踊り」の世界だったと思います。
たくさんの友人、仲間に囲まれ、老人会でも積極的に踊りを披露していた祖母。
人に言えない寂しさや悲しさもあったと思いますが、その分輝きに満ちた人生を送った祖母。

葬儀の遺影は、私の結婚式で和服を身につけた凛とした祖母の姿。
スクリーンに映し出される数々の写真の半分は、踊っている写真。
祭壇の花は、D.O.CメンバーNさんがその葬儀場の担当だったこともあり、祖母が歩んだ人生にふさわしく、華やかな中にも優しさが感じられる色使いで飾って下さってました。祖母の遺影が引き立った演出に「きっと祖母は喜んでいる」と思うと胸が締め付けられました。Nさん本当に有難うございました。

新年早々、皆さんには明るい話題ではなく申し訳なく思っていますが、「踊り」とはその人の人生を輝かせてくれるものなのだなぁ〜と、しみじみと思った次第です。先日のTV番組「世界一のSHOWTIME」でも、ダンスパフォーマンスがどれもダントツで高ギャラをマークしてましたしねグッド(上向き矢印)
「踊り」の素晴らしさを改めて実感させられました。

今こうして私が仕事をさせてもらっているのも、毎日が豊かであるのも、「踊り」をおしえてくれた祖母から始まり、縁があったたくさんのメンバーや仲間達がいるからこそです。支えられていることへの感謝を忘れずに日々を送りたい、そう思います。

祖母の葬儀のため、リハーサルに行けなかったりと皆さんにはご心配とご迷惑をおかけしましたが、私自身は変わらずやる気満々ですので、これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

「踊り」に出会えて幸せでした♪
・・・と、皆さんが言ってくれるよう、皆さんの人生が華やかに彩られますよう、これからも心をこめて指導させていただきますので、これからも共に笑い合い感動を分かち合い、楽しく頑張っていきましょうね!!

うんと先のあの世で、またみんなとチームを組んで踊れたら、さぞ天国だろうと思うぴかぴか(新しい)
その時は祖母も仲間に入れてくださいね。

posted by D.O.C at 16:38| 宮崎 ☁| Comment(0) | Harumi’s Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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